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Please use this identifier to cite or link to this item: http://hdl.handle.net/10087/13246

Title: 平野村における幼児集団疎開保育をめぐる人間関係―疎開受け入れ地での聞き取り調査より
Other Titles: The History of Children's Group Evacuation in Hiranomura Village: Focusing on the Interviews of the Hiranomura Village Pepole
Authors: 西脇, 二葉
Keywords: 食料供出
葛藤
幼児集団疎開
郷土史
Issue Date: 25-Mar-2020
Publisher: 東京福祉大学・大学院
Citation: 東京福祉大学・大学院紀要,10(1-2),pp177-184,2020.3
Abstract: 本稿は、第二次世界大戦下の平野村(現蓮田市)において展開された幼児の集団疎開の実相を、当時の関係者による聞き取り調査をもとに、疎開保育を受け入れた側の関係者から検討するものである。調査結果より、妙樂寺を精神的支柱に、檀家総代表の石井氏を食料や住環境を整備し維持する物質的支柱とした構造が明らかとなった。地域組織と疎開保育園の関係構造は、農繁期託児所や巡回医療相談を地域に開放したなかで、疎開保育組織と村民との互助相補の関係が創出されていったことも明らかとなった。受け入れ地域の個々人の心的レベルでの関係構造は、疎開保育所への食料供出や、疎開園児や保姆と村人との文化差異、寺をめぐる住職一家の配慮など、複層的に当事者の間に葛藤を生じさせていたという証言も得られた。 一方で、疎開保育の記憶の聞き取り調査の機会を、現平野村住民達と共有したことにより、これまで当地で語り継がれてこなかった疎開保育の歴史を、郷土の歴史としてとらえようとする機運が住民たちの中に起こった。その過程からは、①戦後74年という時間、②第三者介入という契機、③関係者たちの世代交代、という条件がもたらす歴史認識の変容を看た。戦争の心的被害は、可視化できない分だけ根強く深いということが明らかとなった。
URI: http://hdl.handle.net/10087/13246
ISSN: 1883-7565
Appears in Collections:東京福祉大学・大学院紀要10巻1-2合併号

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